二十四節気「白露」も後半。
朝夕の空気は澄みはじめ、露が白く光る頃です。
やがて20日には秋彼岸に入り、季節も本格的に秋へと移っていきます。
今回引いたカードは──
- ゴーストランド(正位置)
- 場の精霊(正位置)
- 故郷(逆位置)
でした。
1. ゴーストランド(正位置)──過去や未来に生きない
このカードは「過去や未来に住むのではなく、今を生きること」を伝えています。
過去を振り返ることも未来を思い描くことも大切。
けれど、そこに“住んでしまう”と、足もとが空虚になってしまいます。
白露のタロットでは ソードの4(休息) が出ていましたね。
つまり「いま必要なのは、未来に焦ることでも過去にとらわれることでもなく、“いまの呼吸”に集中すること」なんです。
2. 場の精霊(正位置)──誠意を込めて、いまここに
場の精霊は「あなたの置かれている状況そのものに意味がある」と告げています。
どんな場も“精霊”に守られており、そこでの体験はすべて魂の糧。
だからこそ「コントロールしよう」と力むより、誠意をもって、いまここにいることが力になります。
🌙 誠意をもって「ここに居る」ということ
「誠意をもってここに居る」ことが、次の扉を自然に開けていく──
タロットが伝えているのは、まさにそんなメッセージです。
けれど、ここに大きな分かれ道があります。
- 「こんなの意味ない」
- 「なんで私がやらなきゃいけないの?」
そんな気持ちを抱えながら行動するのは、ソードの2の人物が目隠しをしたまま剣を掲げ続けている姿に似ています。
一見「守っている」ように見えても、本当は苦しい均衡を保つために自分を縛りつけているだけなのです。
逆に、「いまの自分にできることを、ちゃんとやろう」と誠意を込めたとき──
それは剣を下ろし、目隠しをはずして、心の視界を開く準備になります。
誠意とは、大きな目標や派手な成果ではなく、
「いまここ」に正直に、丁寧に関わること。
その積み重ねが、未来をコントロールしようとする力みを手放し、
自然に扉が開いていく流れを呼び込むのです。
白露前半で カップのペイジ逆位置 がアクションとして出ていました。
あれは「すぐに動くのではなく、心を整えることが先」というメッセージ。
今回のカードと響き合い、「状況を変える」よりも「状況に誠実に向き合う」ことが大切だと繰り返し教えてくれているようです。
3. 故郷(逆位置)──見たくない真実と、新しい安全
逆位置で現れたこのカードは、「もう合わなくなった場所・役割・信念から離れるとき」を告げています。
でもそれは、安心していた“故郷”からの離脱なので、不安や孤独を伴うかもしれません。
ここで思い出したいのは、白露前半で出ていた ソードの2逆位置。
ソードの2は、目隠しをして剣を交差させ、「見たくないものを見ない」姿を描いています。
その逆位置は「そろそろ目を開き、避けていたテーマに向き合うとき」を意味しました。
つまり「いまの場所では本当の安心は得られない」と気づくことが、
次のステージへの扉を開くのです。
「“慣れ”が安心とは限らない。内側に新しい安全基地を。」
馴染みがあるから続けている関係や役割――でも、ほんとうに心は休まっている?
このカードは、外側の“居場所”に合わせるより、**内側に安心の「故郷」**をつくるよう促します。
過去の痛みや他者の声に合わせて選んでしまった“古い安心”に、静かに NO を。
白露から秋分へ――季節の秤が整うこの時期に、「私にとっての安全」を更新する タイミングが来ています。
🌊 コントロールを失うことの恐怖
人は「安定」を求め、未来を予測し、シナリオをコントロールしたくなります。
でも、その安心の裏側には「未知への恐怖」があって、それがソードの2の目隠しに重なります。
目隠しをしたまま均衡を保とうとするのは、「怖いから現実を見ない」という姿。
けれど、その水際に立っている人物は、いずれ感情の水に落ちることになる。
そして実は──その“落下”こそが、真実に触れるためのプロセスなのです。
恋に落ちるのも、変容に落ちるのも、コントロールを手放す瞬間に訪れます。
危険や恐怖を伴うように思えるけれど、その先でしか新しい命の芽吹きは起こらないのです。
🕊 結び──誠意をもってここに居る
白露後半の流れをまとめると、
- ゴーストランドは「過去や未来ではなく、今を生きよ」
- 場の精霊は「誠意をもってここに居よ」
- 故郷逆位置は「もう合わない場所から離れ、新しい安全を見出せ」
と告げています。
そして、タロットが示した カップのペイジ逆位置 と ソードの2逆位置 が、ここに響き合います。
いま必要なのは「次を決めること」ではなく、
いまここで誠意を込めて呼吸し、整えること。
その“誠実さ”こそが目隠しをはずし、扉を自然に開けていくアクションなのです。
目隠しの向こうへ ― タロットソードの2が教えること

白露後半の三枚は、「いまへ還る」「誠意でとどまる」「内なる故郷を新調する」を語りました。
ここで自然と浮かぶのが、タロット ソードの2 の象徴――目隠しです。
このカードは、ただ“優柔不断”を描いたものではありません。もっと繊細で、人間的な真実を映します。
1|「自分はダメだ」という思いと目隠し
目隠しは、外の世界を見ないための布であると同時に、
自分の中の暗い信念(無価値感)を直視したくない ときにそっと結ばれる布でもあります。
怖いのは“現実”そのものではなく、自分への評価。
「どうせ私なんて」と思い込んでいると、どんな現実もそのレンズでしか見られなくなる。
だから、見ない――目を閉じて均衡を保とうとするのです。
2|剣を掲げ続けるという不自然な均衡
ソードの2の人物は、重たい剣を両腕で支えたまま座っています。
それは 「心を守るための緊張」 であり、「崩したくない均衡」。
けれど、その均衡はあまりに不安定。
守っているつもりが、実は 危うい縁に立ち続ける 姿でもあります。
本当はもう、腕も心も疲れているのに。
3|水面のそばに立つこと ― “落ちる”というプロセス
彼/彼女は 水辺 にいます。水は、感情と無意識 の象徴。
少し押されれば、あるいは力尽きれば、水に落ちる かもしれない。
それは恐ろしいイメージですが、裏返せば 避けて通れない通過儀礼 でもあります。
水に触れて初めて、自分の心を直視できる。
夢での落下の怖さ、社会での「転落」への不安、そして――恋に落ちる ときの抗えない吸引力。
“落ちる”とは、コントロールを手放す瞬間の総称。
怖い。けれど、その瞬間にしか始まらないものが、たしかにある。
4|コントロールを失うことの恐怖を超えて
人は「安全」と「安定」を求めるから、未来を予測し、シナリオを管理したくなります。
でも、その安心の裏には 未知への恐怖 が潜んでいて、ソードの2の 目隠し と重なります。
サナギから蝶へ――イマジナルセル の働きは、自分の意志で操れません。
それでも、古い形はほどけ、新しい形が立ち上がる。
コントロールを失うという恐怖の向こうに、ほんとうの変容がある。
現代社会は「計画・管理・効率」を善とします。
だから私たちは「コントロールできる状態こそ正しい」と思い込みがち。
けれど、予測通りの人生は、どこか退屈です。
手放した瞬間にだけ流れ込む創造性と生命力 が、たしかにあるから。
今週の過ごし方(白露後半の“小さな実践”)
① 「いまここ」を取り戻す(ゴーストランド)
- 朝か夜に 3分の呼吸。胸とお腹の上下だけを見つめる。
- 今日の予定は 3つまで。小さな達成が足場をつくる。
② 本質に名前をつける(場の精霊)
- ノートに一言:「今のテーマは___」、「私が本当にほしい感覚は___」。
- その感覚に沿う最小の行動を ひとつだけ(休む/断る/整える/感謝)。
③ 内なる「故郷」を新調する(故郷・逆)
- 心の安全リスト をつくる(深呼吸、温かいお茶、早寝、SNSを閉じる権利、好きな音楽 など)。
④ 彼岸の入り(9/20)に寄せて
- 亡き人、去りゆく季節へ 一言の感謝 を。
- 「こちら岸」から「あちら岸」へ渡るイメージで、終わらせてよいことを一つ 心でそっと手放す。
まとめ ― 露のごとく、静かに整う
- 過去や未来ではなく、いま に体重をのせる。
- コントロールを強めるより、誠意をもって“ここ”に居る。
- 外の居場所より、内側の故郷 を育てる。
- そして、恐る恐るでも、目隠しをほどく。
露は朝に消えるけれど、その涼しさは肌に、心に確かに残る。
その感覚をたよりに、秋分という新しい秤へ――
剣を下ろし、水にそっと指を浸すように。
怖さの向こうに、あなたの「次の岸」がもう見えています。
コメント