東洋の暦では、立春から新しい年が始まります。
まだ寒さは残っていても、季節のエネルギーは確かに切り替わり、
「次の世界へ向かう流れ」が静かに動き出す時です。
今回は、レイチェル・ポラックの
Dr.アポロのなんでもスプレッドを使って、
この立春の時期をタロットで読み解いていきました。
引いたカード
- 知られしものよ:カップのエース(正位置)
- 知られざるものよ:女帝(逆位置)
- 危うし:ペンタクルの10(正位置)
- 幸運よ:ペンタクルのペイジ(正位置)
- アクション!:ワンドの3(正位置)
全体的に正位置が多く、
「始まり」「可能性」「未来への視線」が強く感じられる並びです。
その中で、女帝だけが逆位置で現れたことが、
このリーディングの重要な鍵になっています。
1|カップのエース ― 新しい感情の源泉
立春らしく、最初に現れたのはカップのエース。
これは、外から与えられる何かというよりも、
心の奥から、自然に湧いてくるもの
を表しています。
「何か始めなければ」と気負う前に、
すでに内側では、新しい感情、新しい関心、新しい願いが
静かに生まれ始めている。
この時期は、
始めるための理由を探す必要はありません。
もう始まりは、起きているのです。
2|女帝・逆位置 ― 追いついていない“養い”
無意識の位置に現れたのは、女帝の逆位置。
これは「愛がない」「育てる力がない」という意味ではありません。
むしろ、
成長や変化のスピードに、
心や体のケアが追いついていない
という状態を示しています。
新しい流れは来ている。
でも、その変化を受け止めるための
「余白」や「いたわり」が、少し置き去りになりやすい。
立春は、勢いだけで進む時期ではなく、
自分を養いながら次へ向かう準備の時期でもあります。
3|ペンタクルの10 ― 完成形を急ぎすぎる危うさ
「危うし」の位置に出たのは、ペンタクルの10。
一見、とても良いカードです。
安定、家族、完成、豊かさ。
けれど、この位置に出るときは、
まだ背負わなくていい“完成形”を、
先に抱え込もうとしていないか?
という問いかけになります。
新しい年の始まりに、
「全部うまくやろう」「ちゃんとした形にしよう」とすると、
かえって重くなってしまう。
今は、
完成を目指すより、育ち方を大切にする時です。
4|ペンタクルのペイジ ― 小さく始める幸運
幸運の位置に現れたのは、ペンタクルのペイジ。
これは、とても現実的で、慎重で、誠実なカードです。
- すぐに結果を出そうとしない
- 学びながら進む
- 手の届くことから始める
派手さはありませんが、
確実に未来へつながる芽を育てていく姿勢が、
この時期の幸運となります。
5|ワンドの3 ― 完璧じゃなくていい、という選択
最後のアクションは、ワンドの3。
このカードの人物は、
決して立派な装備を整えているわけではありません。
それでも、彼は高い場所に立ち、海の向こうを見ています。
「準備が完璧になるまで待たなくていい」
立春のアクションとは、
すぐに大きく動くことではなく、
- 自分が立つ場所を確認する
- これから向かう景色を見渡す
- 方向性を“感じ取る”
ことなのです。
立春と算命学から見る、今年の空気
立春から、暦の上では新しい年が始まります。
今年は丙午(ひのえうま)の年。
丙午は、太陽のエネルギーが非常に強く、
社会の変化が加速しやすい年とされています。
変化のスピードが速い分、
心と体が追いつかず、疲れやすくなることも。
この背景を踏まえると、
女帝が逆位置で現れたことは、
「走る前に、ちゃんと養うこと」
を強く促しているようにも見えます。
立春のメッセージ
この立春は、
- 新しい始まりは、すでに内側で起きている
- でも、完成を急がなくていい
- 小さく、現実的に、学びながら進めばいい
- 完璧な準備より、方向を感じることが大切
そんな季節です。
春は、突然始まるものではありません。
予感として、静かに、確かにやってきます。
2月4日からはじまる立春、
自分のペースで、新しい年の入口に立ってみてください。
補足コラム|丙午という年に「育てる力」が弱るとき
安岡正篤は、『干支の活学』のなかで、丙午の年についてこう記しています。
在来の支配的代表勢力が大いに伸びて盛んになるが、
反面にそれに対する反対勢力が内側から突き上げてくる。
一見たいそう栄えて明らかで強いように見えるが、
すでに下からの突き上げにあって、
これをどう処理するかで今後が大きく変わっていく。
丙午は「真夏の太陽」。
光が最も強く、勢いが最大になる年です。
けれど同時に、その強さゆえに疲弊も早く、ひずみも表に出やすい。
今回の立春のタロットで、
ほとんどのカードが正位置で並ぶ中、
女帝だけが逆位置で現れたことは、とても象徴的でした。
女帝は「育てる力」「包み込む余白」「生活の滋養」を表します。
それが逆になるということは――
勢いはある。始まりもある。未来を見渡す視野もある。
けれど、それを日常として支える母性的な力が追いついていない。
これは、社会レベルの話に限りません。
個人の人生にも、そのまま当てはまります。
新しいことを始めたい。
前に進みたい。
もっと広い世界を見たい。
そんな気持ちが高まる一方で、
・休むこと
・暮らしを整えること
・安心できる居場所を守ること
が後回しになっていないでしょうか。
ペンタクルの10が「危うし」に出たのは、
完成や安定そのものが悪いのではなく、
それを当然のものとして扱ってしまう危うさを示しています。
そして、ワンドの3の人物。
彼は勝利者のようにも見えますが、
豪華な衣装をまとっているわけではありません。
どこか間に合わせの装いで、
「とりあえず、ここまで来た」という立ち姿です。
立春は、新しい年の始まり。
でもそれは「完成された春」ではありません。
今期のタロットが教えてくれるのは、
急がず、誇らず、育てる力を取り戻すこと。
光が強い年ほど、
影を引き受ける静かな力が必要になる。
女帝が逆位置で現れたのは、
「足りない」という警告ではなく、
「ここに意識を戻して」という優しい合図なのかもしれません。
良い日々になりますように。

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