立秋後半(2023年8月13日~22日)のカードリーディング

オラクルカードメッセージ

明日からお盆になります。お盆は正式には盂蘭盆(うらぼん)といいます。関東では7月15日を中心に行われ、関西など西日本では8月15日の月遅れに行うことが多いです。

盂蘭盆とは、梵語(サンスクリット語)で、『倒懸(さかさづり)になっているのを救う』という意味だそうです。(『現代こよみ読み解き事典』より)

逆さ吊りとは、あの世で非常な苦しみを受けている死者のことを指します。いわゆる地獄に堕ちた状況の死者を供養し、救うという仏教行事が盂蘭盆です。

もっとも日本では仏教と関係のない要素も多く含まれていることから、古来より初秋に行われた先祖の霊を祀る行事がそもそものはじまりだったようです。

私が気になるのは、盂蘭盆に「さかさづりになっているのを救う」という意味があることです。前回引いた立秋のカードリーディングでは、タロットで「吊るされた男」が出ていました。そのテーマは、試練に直面し、気付きを深め、試練を超越することですが、もしかしたらそれだけではないかもしれません。

私は昔からスピリチュアルというか、世界に散らばる不思議的な話が好きでしたが(アトランティスとか)、成人するに従ってそこまで熱心に探求することはなくなっていました。でも20代で作家の佐藤愛子さんが書いた『私の遺言』を読んでから、また興味が再燃しました。

この本は、佐藤愛子さんが買った北海道の別荘での超常現象を解決するまでの道のりを書いた作品で、死後の世界や霊界の実相について書かれています。佐藤愛子さんは文才もさることながら、正直さで有名な方なので、この人が書いたものなら信頼できると思って読んでいたことを思い出します。その北海道の別荘の超常現象は、確か解決するまでに30年くらいかかったと思います。その間に美輪明宏さんやいろいろな方が出てきますが、最終的に解決したのは神道家の相曽誠治氏でした。

私が神道関係の本を集中的に読んだのはこの方がきっかけですし、間違いなく私の心の師匠は相曽先生ですが、はじめて読んだときは呆然としました。古事記に書かれている神さまを実在していると確信して生きている人がいることや、世間の価値観とは違ったところで清らかに生きている人が現代に存在していること、その人しか問題を解決できなかったことが衝撃的でした。こんな生き方がしたいと憧れながらも、こういう生き方だと世間的には地味で、お金儲けには縁がなく「たいしたことない人」と評価されそうで嫌だなと分裂した気持ちになったことを思い出します。今はめでたく自身が「たいしたことない人」になれて、たいしたことないと思われることもたいしたことないとわかったので、分裂がなくなって楽になりました。

前置きが長くなりましたが、お盆という言葉の語源には盂蘭盆という行事があること、盂蘭盆とは、地獄に堕ちた魂を救済するのが本来の目的だったことが、これからの日々の過ごし方に関わってきます。

佐藤愛子の『私の遺言』の中に出てくる中川昌蔵氏によると、地獄とは以下のような場所だそうです。

地獄は実際に何もない暗いだけの世界で、波動によって何層もの横割構造になっている。

そこへ行った魂は自分が人を苦しめた罪を逆の立場で、つまり自分が苦しめた人の立場になって体験する夢を永遠に見続けて苦しんでいるということだ。

地獄の最下層は真っ暗闇でじとじとした強い湿気の中、何とも言いようのない悪臭が充満していて、亡者はただじーっとうずくまっているだけである。

そこまで落ちるともはや苦しみを感じることもなく、いつまでもいつまでも永遠にそうしている。

そこより少し上の階層ではそれぞれの罪の意識によって苦しまされているが、それに較べるといっそ、何も感じないで闇の中にうずくまっている方が楽だという考え方をする人もあるかもしれない。

だが苦しむことによって魂は、そこから逃れたくて修行をするのである。少しでも上へ上るために浄化をめざす。 そうして幽界の下層へ上り、さらに修行して少しずつ上へと上っていく。さらなる修行を目指して3次元世界に生まれ変わり、そこで この世の苦しい現実に耐えて前世の償いをする魂もある。いわゆる輪廻転生 というのはそういうことなのである。

佐藤愛子『私の遺言』

これを読むと、たとえまだ生きていても、地獄に変わらない状況で生きている人も多いのではないかと気づいて戦慄が走ります。自分に当てはめてみても、暗い気持ちで何度も同じことを繰り返し思い続けることは、すでに地獄にいるのも同じのようです。同じ本には

悪想念はエネルギーであるから消滅することなく地球表面の4次元世界に堆積して神の光を遮断する。

そうして国の波動は下り、悪霊浮遊霊が憑依して苦しむ人や凶悪犯罪が増えるという循環が起こっている。

佐藤愛子『私の遺言』

前回引いたカードでは『17 ゴーストランド』が逆位置で出ていました。

これはあなたの心が地獄のような場所をさ迷い続ける危険性を表します。

『地獄極楽胸三寸にあり』というのは、同じ出来事でも捉え方によって素晴らしくもなるし、地獄のように感じることもできるという意味です。

そして今はかなり意識しないと、地獄に近い心の持ち方に引きずられる可能性が高いです。それは夏至以来、太陽の光が闇を照らし出すことにより、悪想念が地上で現象化するためです。地上に生きる私たちもそれに影響されるので注意が必要です。

嫌な現象として経験されるのは、また同じことを繰り返すためではなく、消えるために現象として出てきているのですが、つい反応してしまいがちです。でも怒りや憎しみに捕らわれると、どんどん悪い状況になってしまいます。嘘でも『ありがとう』と念仏のように唱え続けるのが得策と思います。

今回ひいたカードは、7月に引いたものと同じ『ヘビ』が出ています。また、『Mending Bridges 橋を修復する』というカードも引きました。

前回のカードの内容とあわせると、イライラしたり、憎らしく思ったりしやすい時期です。それはあなた個人の問題というより、地球表面に堆積した悪想念の影響かもしれないので、深刻にならないことです。

橋を修復する

私は 亀裂を修復する修理人です。

人々や状況へ敬意を払うことで、古い傷を癒しましょう。修復をするために必要だと感じられることは何でも注意深く行ってください。あなたは修理人です。他の人たちの壊れそうな橋を修復する手助けをしてください。

全てを放り出して立ち去りたくなる時があれば、人々、状況、そして場所と一体となって、注意深く橋を修復すべきです。今この時は、癒しのプロセスの一つです。おそらくあなたの内側にある傷は許され、受け入れられる必要があるのかもしれません。

内側にある腹立たしさを変容させましょう 。今、行ってください。というのも、あなたはもはやそれを運び続ける必要がないからです。

おそらくあなたは過去に関わりのあった人と再会する必要があるでしょう。あなたは、自分は何をする必要があるかを知っています。

以上がカードの解説です。

私たちは過去のあらゆる経験の集合体として今、存在しています。日常も過去の影響なくしては歩めないので、瞬間瞬間浄化が必要です。

これからしばらくは大変かもしれませんが、魂が学習する良い機会と考えて淡々と過ごそうと思います。

次回のカードリーディングは二十四節気『処暑』8月23日になります。

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