白いユニコーンと、赤い大地
秋分も後半に入ります。
今回、9月29日から10月7日までの流れを、いつものように『The Map Oracle Cards』と『Angel Dreams Oracle Cards』で見てみました。
秋分に入るときには、すでにタロットカードで秋分全体の流れを読んでいます。
そのとき出たのは、
「月」正位置
「戦車」正位置
「吊るされた男」逆位置
「ペンタクルのナイト」正位置
「魔術師」逆位置
という5枚でした。
5枚のうち4枚が大アルカナ。
今回の秋分には、日々のちょっとした出来事というよりも、価値観や生き方、これから進んでいく方向など、少し大きなテーマが流れているように感じました。
そして後半のオラクルカードを引いてみると、新しい話が始まったというより、
秋分のタロットでまだ十分に見えていなかったものに、もう一段、解像度が与えられた。
そんな印象を受けました。
今回出たカードは、
『The Map Oracle Cards』
1枚目・テーマ
24 Stuck in the Mud 正位置
2枚目・現在取り組むこと
2 Gentle Gardener 逆位置
3枚目・このまま進んだ先
39 Protecting Treasure 正位置
そして『Angel Dreams Oracle Cards』からは、
1枚目 Unicorn
2枚目 Problem Solving
3枚目 Red
です。
この6枚を縦にも組み合わせながら読んでいきたいと思います。
泥にはまったとき、無理に進まなくてもいい
最初のカードは「Stuck in the Mud」。
泥の中で、象が立ち止まっています。
このカードは、今は無理に先へ進むのではなく、いったん速度を落として周囲を見るときだと伝えています。
動けない。
なかなか状況が変わらない。
答えが出ない。
そんなとき、私たちはつい、
「早くここから抜け出さなければ」
と思います。
けれど、動けないという状況そのものが、私たちを立ち止まらせ、これまで見落としていたものへ目を向けさせることがあります。
もしかしたら、泥の中にいるからこそ見えるものもあるのでしょう。
秋分全体のタロットでは、「月」が最初に出ていました。
月のカードでは、水の底からザリガニが這い上がってきます。
まだ言葉にもならない本能や欲求。
「なぜか分からないけれど気になる」
「本当はこうしたいのかもしれない」
そんなものが、水面へ顔を出してきました。
それをすぐに答えへ変えるのではなく、
「あなたは何を伝えに来たの?」
と眺めてみる。
秋分後半の最初に「Stuck in the Mud」が現れたのも、その続きを見ているように思えます。
まだ急いで結論を出さなくてもいい。
環境がはっきり見えてくるまで、もう少し時間が必要なのかもしれません。
泥の中の象と、白いユニコーン
「Stuck in the Mud」と縦に組み合わさるのは「Unicorn」。
この組み合わせが、私はとても好きです。
上には泥の中の象。
下には、真っ白なユニコーン。
ユニコーンは西洋の長い象徴の歴史の中で、純潔、無垢、精神的な純粋さなどと結びつけられてきました。
伝説では非常に野性的で、人には簡単に捕らえられない存在でありながら、純潔な乙女の前ではおとなしくなるとも語られています。
また、その一本の角には毒を見抜き、汚れた水を浄化する力があるとも信じられていました。
今回のカードにも、
自分にも他者にも誠実であること。
自分の意図が純粋なものかを確かめること。
そして、流れを信頼すること。
そんなメッセージがあります。
だから泥にはまったとき、
「どうやったら早く抜けられる?」
と考える前に、こんなふうに尋ねてみてもいいのかもしれません。
私は、本当は何を望んでいるのだろう。
恐れでもなく。
世間体でもなく。
誰かに認めてもらうためでもなく。
もっと奥にある、混じり気の少ないところでは、私は何を大切にしたいのだろう。
今いる場所が濁っていることと、自分自身のいちばん深いところまで濁っていることは、同じではありません。
泥にはまっていても、その奥にはまだ白いユニコーンがいる。
私はそこに、静かな希望を感じます。
雑草と「本当の問題」を分けてみる
真ん中には「Gentle Gardener」の逆位置。
このカードは、これまでのリーディングでも何度か姿を見せています。
不足感。
制限。
恨み。
恐れ。
「どうせ無理」
「きっと変わらない」
「私にはできない」
そんな考えに、知らないうちに水を与え続けていないでしょうか。
けれど、ここで大切なのは、
「ネガティブなことを考えてはいけない」
という話ではないと思います。
なぜなら、縦に組み合わさるカードが「Problem Solving」だからです。
現実に問題があるなら、問題はきちんと見たほうがいい。
でも、
問題そのものと、問題の周りに生い茂った思考の雑草は、同じではありません。
たとえば、
「この問題をどうしよう」
と考えることと、
「こんなことになった私はもう駄目だ」
と考えることは違います。
「ここを整える必要がある」
と気づくことと、
「どうせ何をやってもうまくいかない」
と思うことも違います。
まず、一歩退いてみる。
実際に解決する必要があるのは何なのか。
そして、その周りに自分で育ててしまった物語は何なのか。
そこを分けることができたら、問題は少し違って見えるかもしれません。
「Problem Solving」は、問題の解明が近づいていることも示しています。
すべてを一度に変えなくてもいい。
足場を踏み固めながら、粘り強く、現実にできることをしていく。
ここには、秋分全体のタロットで「幸運よ!」の位置に現れた「ペンタクルのナイト」の姿が重なります。
派手ではなくても、今日できることをする。
目の前の仕事をする。
それが、ぬかるみから抜けていく方法なのかもしれません。
あなたが守りたい「宝物」は何ですか
3枚目は「Protecting Treasure」。
外側の世界がどれほど不安定に見えても、巣の中の卵は守られている。
そんなカードです。
ここで私は、
「自分にとってのTreasureとは何だろう?」
と思いました。
何でも守ればいいわけではありません。
昔から持っている価値観。
過去への執着。
「こうでなければならない」という思い込み。
それらまで全部、宝箱に入れて守り続ける必要はありません。
「Gentle Gardener」の逆位置で雑草を見分け、
「Unicorn」で自分の純粋な意図に戻ったあとに、
それでも残るもの。
それでも私は、これを大切にしたい。
そう思えるもの。
それが今回のTreasureなのではないでしょうか。
そして、何を守りたいのかが分かれば、「Problem Solving」の意味も変わります。
問題を解決することそのものが目的ではない。
大切なものを守り、育てていくために、必要なことを整える。
そう考えると、ずいぶん景色が違って見えます。
RED――自分の「根」へ戻る
最後のカードは「Red」。
赤は、現代の一般的なチャクラ体系では、第一チャクラ――ムーラダーラ、英語ではRoot Chakraと呼ばれるチャクラに対応する色です。
チャクラはインドの宗教やヨーガ、タントラなどに由来する霊的な身体観のひとつで、現代医学でいう解剖学的な器官とは異なります。
また、現在よく知られている「7つのチャクラを虹の7色に対応させる体系」は、古代インドの教えがそのまま残ったものというより、近代以降に整理され普及してきた側面があります。
そのことを踏まえたうえで、現代的なチャクラの象徴として第一チャクラを見ると、とても興味深いものがあります。
第一チャクラは「根」。
生存。
身体。
安全。
衣食住。
物質的な基盤。
大地とのつながり。
「私はここにいて大丈夫だ」という、もっとも根源的な安心感。
そんなものと関係すると考えられています。
今回の「Protecting Treasure」と、驚くほどよく響き合っています。
外の世界をすべて安全にすることはできません。
でも、
自分がこの世界で安心して生きていくために、本当に必要なものは何なのか。
それを知り、大切にすることはできます。
だから今回の「Red」は、単に「情熱的になりましょう」というカードではないように思います。
カードには、
Passion / Survival
と書かれています。
この二つの言葉を、もう少し深く見てみたいと思います。
小さなコラム|「Passion」は、なぜ「情熱」と「受難」の両方を意味するの?
英語の「passion」と聞くと、私たちは「情熱」を思い浮かべます。
夢に向かって燃えること。
何かを熱烈に愛すること。
けれど、この言葉にはもう一つ、とても古い意味があります。
英語で大文字の「the Passion」といえば、キリスト教では「キリストの受難」を意味します。
一見すると、「情熱」と「受難」はずいぶん離れた意味に感じます。
けれど「passion」は、ラテン語の「passio」、さらに「受ける・耐える・苦しむ」といった意味を持つ「pati」に由来します。
つまり、その奥には、
何かを深く身に受けること
という古い層があります。
そう考えると、今回のカードに書かれた「Passion」も、単にテンション高く夢を追いかけることではないように思えてきます。
喜びも。
恐れも。
痛みも。
欲望も。
身体を通して受け取りながら、それでも内側から立ち上がってくる生命の熱。
それがPassionなのかもしれません。
Survival――誰かに勝って生き残ることではなく
「Survival」という言葉にも、少し立ち止まってみたいと思います。
サバイバルというと、
競争に勝つ。
奪われないようにする。
自分を守るために戦う。
そんなイメージを持つことがあります。
けれど、もっと根源的なところへ戻れば、Survivalとは、
生命が、生命であり続けようとする力
なのではないでしょうか。
植物が光のある方向へ伸びる。
動物が危険を察して離れる。
疲れた身体が眠りたがる。
お腹が空けば、食べたくなる。
そこにはまだ、
「誰かに勝たなければ」
という物語はありません。
ただ、
生きたい。
安全でいたい。
自分の身体を守りたい。
生命に必要な場所へ行きたい。
そんな、ごく根源的な動きがあります。
今回の「Red」の解説には、自分の中の動物的な衝動と同調することも書かれています。
ここで私は、また秋分全体のタロットの「月」を思い出しました。
月の水の底から出てきた、あのザリガニです。
秋分の始まりでは、
「これは何だろう?」
と眺めていた本能。
それが後半になって、
本能もまた、自分を生かすための知恵なのかもしれない
というところまで来たように思います。
白いユニコーンと、赤い大地
ここまで見てきて、私は「Unicorn」と「Red」が、とても美しい対になっているように感じました。
白いユニコーン。
純粋さ。
誠実さ。
意図。
そして赤。
身体。
本能。
生命力。
大地。
精神だけで生きることもできない。
本能だけで生きることもできない。
白いユニコーンの純粋な意図と、赤い第一チャクラの生命力。
その両方があって、私たちはこの地上を生きていきます。
そして、ここまで来て私は、秋分全体のタロットで出ていた「戦車」の意味が、もう一段深く見えてきたような気がしました。
戦車が教えていたのは、このことだったのかもしれない
「戦車」の前には、白と黒、二頭のスフィンクスがいます。
異なるもの。
相反するもの。
私たちはつい、どちらか一方を正解にしたくなります。
理性か、本能か。
精神か、身体か。
夢か、現実か。
安全か、冒険か。
けれど戦車は、どちらか一方を捨てて進むカードではありません。
異なる力を、ひとつの方向へ連れていく。
今回のオラクルカードを見ていると、それがとても具体的になったように思います。
「Unicorn」は、
私の意図は純粋だろうか。
と問いかける。
「Red」は、
私の生命は何を求めているだろうか。
と問いかける。
そして「Problem Solving」は、
では、その二つが一緒に生きられるように、現実の何を整えればいいだろう。
と問いかける。
夢を守るために生活を壊す必要はありません。
生活を守るために夢を捨てる必要もありません。
不安を無視して飛び込む必要もなければ、不安があるからといって何もかも諦める必要もありません。
その両方を連れていける道を探す。
もしかしたら、それこそが今回の「戦車」だったのかもしれません。
何を解決するかより先に、何を守りたいのか
秋分後半の6枚を眺めてみます。
泥にはまった象は、
急がなくてもいい
と教えてくれます。
白いユニコーンは、
自分のいちばん純粋なところへ戻ってみよう
と語りかけます。
Gentle Gardenerの逆位置は、
問題の周りに、自分で思考の雑草を育てていないだろうか
と問いかけます。
Problem Solvingは、
それでも現実に解決すべきことには、足場を固めて取り組もう
と促します。
Protecting Treasureは、
あなたが本当に守りたいものは何ですか
と尋ねます。
そしてRedは、
身体へ、大地へ、生命の根へ戻っておいで
と呼びかけます。
だから今回、大切なのは、
「どうやって問題を解決しよう」
と考えることより先に、
「私は、何を守るためにこの問題を解決したいのだろう」
と考えてみることなのかもしれません。
守りたいものが分かれば、使う力も変わります。
恐れを育てるために力を使うのか。
「どうせ無理」という雑草に水を与えるのか。
それとも、自分が本当に大切にしたいものを、この現実の中で守り育てるために力を使うのか。
秋分全体のタロットで、最後の「魔術師・逆位置」から私たちは、
「あなたの力は、今どこへ流れていますか?」
という問いを受け取りました。
後半のオラクルカードは、その問いに少しずつ答えているようにも見えます。
月明かりの海から、赤い大地へ
白露では、カップから顔を出した魚と話していました。
秋分になると、そのもっと深いところからザリガニが出てきました。
そして秋分後半。
今度は象が泥にはまりました。
なかなか簡単には歩かせてもらえません。
でも、もしかしたらそれでいいのでしょう。
魚と話す。
ザリガニを見る。
泥の中で立ち止まる。
自分の中の白いユニコーンを思い出す。
そして最後には、赤い大地へ足を下ろす。
秋分全体で起きている大きな内側の変化を、抽象的な「変容」のまま終わらせず、
「私は、何を土台にして生きていくのだろう」
というところまで降ろしていく。
そんな秋分後半なのかもしれません。
すべてを一度に変えなくてもいい。
ぬかるみから力ずくで抜け出さなくてもいい。
自分の純粋な願いと、自分の生命が安心して生きられる現実。
その両方を大切にしながら、
今日できることをひとつずつ。
白いユニコーンと、赤い大地。
その間に立って、自分にとって本当に大切なものを、もう一度確かめてみたいと思います。
葉山 碧の館 セッションのご案内
「どうしたらいいのだろう」と考えているとき、私たちはつい、早く答えを見つけようとします。
けれど、その前に少しだけ立ち止まって、
「私は、何を大切にしたいのだろう」
と見つめてみると、同じ問題でも違った姿に見えてくることがあります。
まだ言葉になっていない感覚。
なぜか気になること。
本当はこうしたいのかもしれない、という小さな気持ち。
そして、現実の中で守っていきたいもの。
葉山 碧の館では、カードや算命学などを手がかりにしながら、対話を通して、その人の中にまだ言葉になっていないものを一緒に見つけていきます。
こちらから「あなたはこうです」と答えを決めるのではなく、
「もしかしたら、こういう感じ?」
と仮の言葉を差し出しながら、
「そう、それかもしれない」
「ううん、少し違う」
そんなやり取りを重ねていきます。
違いがあれば、それも大切な情報です。
すぐに答えが出なくても大丈夫。
泥の中で少し立ち止まっているようなときにも、その場所だからこそ見えるものがあります。
自分の中の白いユニコーンと、赤い大地。
純粋な願いと、安心して生きていくための現実。
その両方を大切にしながら、これからどちらへ向かっていきたいのか。
静かに一緒に見ていけたらと思っています。
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