今なら、少し見ても大丈夫かもしれない
白露も後半に入りました。
昼間にはまだ夏の名残のような暑さがあっても、朝晩の空気には、少しずつ秋の気配が濃くなってきます。
白露とは、文字通り「しらつゆ」。
夜の冷気によって、朝になると草花の上に小さな露が宿る頃です。
前半のタロットリーディングでは、最後の「アクション!」にカップのページが現れました。
華やかなチュニックを着た若者が、手にしたカップを眺めています。ところが、そのカップの中からは、なぜか魚が顔を出しています。
そこで私は、
まだ魚と話している最中なのに、事業計画書を作り始めなくてもいい。
そんなふうに読みました。
「なんだか好き」
「ちょっと気になる」
「こんなことができたら楽しそう」
そんな小さな心の動きを、すぐに目標や計画へ変えなくてもいい。
しらつゆを眺めるように、自分の想像力から生まれてくるものを楽しんでみる。
それが白露前半のメッセージでした。
では後半には、どんなカードが現れたのでしょう。
今回も「The Map Oracle Cards」と「Daily Guidance from Your Angels Oracle Cards」の2種類を、それぞれ3枚ずつ引きました。
The Mapから現れたのは、
17 Ghostlands・逆位置
22 Intention・逆位置
37 Cleaning House・逆位置
見事に3枚とも逆位置です。
そして、もう一組のカードからは、
CHILD
JOY
FAMILY
が現れました。
ずいぶん雰囲気の違う二組です。
今回はこの6枚を、縦に組み合わせながら読んでみたいと思います。
Ghostlands 逆位置 × CHILD
過去に戻るのではなく、今なら少し見ても大丈夫
Ghostlandsの逆位置は、過ぎ去ったことや、まだ起こっていないことの中をさまようのではなく、今日という時間へ戻ってくることを促します。
過去の「あのとき」に心を残したままになっていたり、まだ来ていない未来の「いつか」にばかり思いを馳せていたり。
けれど、私たちが実際に生きられるのは今日だけです。
このカードを見たとき、私は「また、このテーマが出た」と感じました。
形を変えながら、何年も繰り返し現れてきたもの。
だから今回は、
もう一度、通り過ぎずに見てみませんか。
と言われているように感じます。
ただ、「逃げないで見つめなさい」という言葉は、少し強すぎるようにも思います。
本当に心の奥に何かを抱えている人にとって、それを見ることは、簡単なことではないからです。
そもそも私たちは、「私はこれからこの問題から逃げます」と決めて逃げるわけではありません。
あまりにも痛かったこと。
大きな罪悪感を伴うこと。
思い出したら自分が壊れてしまいそうに感じること。
そういうものは、いつの間にか**「そこだけ見ない」**ようになっていることがあります。
それは、そのときの自分が生きていくために必要だったのかもしれません。
そしてGhostlandsの隣に現れたのが、CHILDでした。
このカードは、実際の子どもだけでなく、私たち自身の内側にいる子ども――インナーチャイルドにも意識を向けるよう促します。
もしかすると、ずっと見ないようにしてきた場所のそばには、昔の自分がまだいるのかもしれません。
だから今回のメッセージは、
「もう逃げてはいけない」
ではなく、
「今なら、少し見ても大丈夫かもしれない」
くらいでいいのだと思います。
見つめることは、自分を裁くことではない
ここでもう一つ、大切にしたいことがあります。
過去を見ることは、自分を裁くことではありません。
心の中に法廷を作って、
「被告人、昔の私!」
と裁判を始めなくてもいいのです。
「あのときの私は、どうしていたんだろう」
「本当は、どんな気持ちだったんだろう」
小さな子どもに話しかけるように、少しずつ聞いてみる。
すると、それまで一つの巨大な塊だったものにも、少しずつ輪郭が現れてくることがあります。
悲しかった。
寂しかった。
腹が立っていた。
怖かった。
申し訳ないと思っていた。
あるいは、本当はただ愛されたかった。
見えなかったものの解像度が少し上がると、「恐ろしい何か」だったものが、一つひとつの感情として見えてくることがあります。
全部を一度に理解する必要もありません。
隠者のランタンが照らしていたように、今見えるところだけでいいのです。
Intention 逆位置 × JOY
「何を達成する?」より「何が嬉しい?」
二組目は、Intentionの逆位置とJOYです。
Intention逆位置は、自分の意図や目標、そこへ向かおうとする本当の動機を、もう一度確かめるよう促します。
「私は何を目指しているのだろう」
「どうすればそこへ行けるのだろう」
そんなことばかり考えているとき、もしかすると一番大切なものが抜け落ちているのかもしれません。
そこへ現れたのが、JOY――喜び。
これはとても白露前半のカップのページに似ています。
「これを達成したい」
「成功したい」
「早く次へ進みたい」
という強い欲望より、
「これ、なんだか楽しい」
という小さな喜び。
何を目標にすればいいのか分からなくなったら、
「何をしていると、私は嬉しい?」
と問い直してみる。
それなら、すぐに答えられなくても構いません。
前半では、カップから顔を出した魚と話している途中でした。
後半でも、まだそのくらいの軽やかさでいいのでしょう。
大きな答えを出すことより、自分の心がほんの少し明るくなるものに気づいてみる。
Ghostlandsの逆位置もまた、過去や未来を切望するのではなく、今日の生活の中にある喜びを見つけることを伝えています。
そして隣には、本当にJOYが現れました。
偶然引いたカードとはいえ、とても美しい組み合わせです。
Cleaning House 逆位置 × FAMILY
家の中に、長く置いたままのもの
最後の組み合わせは、Cleaning Houseの逆位置とFAMILY。
Cleaning Houseの逆位置は、長い間抱えてきたものを手放せずにいる状態を表します。
それは物かもしれません。
けれど今回のFAMILYと合わせて考えると、もっと目に見えないものにも思えてきます。
家族の中で長く抱えてきた感情。
昔から繰り返されてきた役割。
「家族とはこうあるもの」
「自分が我慢しなくてはいけない」
「これは言ってはいけない」
そんな、いつから始まったのかも分からない考え方。
親から受け取ったものの中には、その親がさらに親から受け取ったものもあるでしょう。
私たちは家族という長い流れの中で、愛情や強さだけでなく、傷や恐れ、価値観や習慣も受け継ぎながら生きています。
だからCleaning Houseは、家を壊すカードではなく、家を掃除するカードなのだと思います。
全部を捨てなくていい。
「これは大切だから残しておこう」
「これは、もう私が持たなくてもいいかな」
そんなふうに選び直していく。
家族を否定することでも、過去を切り捨てることでもありません。
受け取るものは受け取り、もう必要のない荷物だけを下ろしていく。
それが、自分のところで一つの悪循環を終わらせることにもなるのかもしれません。
お彼岸――自分がどこから来たのかを思う頃
白露後半には、お彼岸もやってきます。
今年は9月20日に彼岸入りを迎え、23日の秋分の日が彼岸の中日です。
お彼岸は、古くから亡くなった人や先祖に思いを向ける時期でもあります。
そう考えると、今回FAMILYとCleaning Houseが一緒に現れたことも、私には印象的でした。
「家族」という言葉を、今一緒に暮らしている人たちだけではなく、もう少し長い時間の中で眺めてみる。
親にも親がいて、その人にもまた親がいる。
そうして流れてきた長い時間の先に、今の自分がいます。
先祖から何を受け取ったのだろう。
そして、何をこれからも持っていきたいのだろう。
反対に、
「これは、もう私のところで終わりにしてもいい」
と思えるものはあるでしょうか。
過去に戻るためではありません。
過去から受け取ったものを確かめて、今日を生きるためです。
まず、自分の小さな「家」から
今回の6枚には、不思議なくらい「家」を思わせるものが集まりました。
CHILD。
FAMILY。
そしてCleaning House。
家族や、いちばん身近な人との関係は、ときに自分でも知らなかった自分を映し出します。
外の世界では上手に隠していられることも、身近な人の一言で、突然むき出しになることがあります。
なぜ、こんなに腹が立つのだろう。
なぜ、こんなに悲しくなるのだろう。
なぜ私は、いつもここで同じ反応をするのだろう。
家とは、ある意味で、自分自身の解像度が上がってしまう場所なのかもしれません。
だから、まず自分の小さな家を見る。
ここでいう「家」は、実際の家でもあり、家族でもあり、自分自身の心でもあります。
そして、そこから少し視野を広げてみると。
私たちが暮らすこの地球もまた、大きな一つの「家」と考えることができます。
世界で起きている大きな対立も、その根元をたどれば、人間が抱える恐れや怒り、過去の傷、「自分こそ正しい」という思いと、まったく無関係ではないのでしょう。
だからといって、一人で地球をどうにかしようとする必要はありません。
世界は、一人ひとりの関係の集積でもあります。
自分のいちばん身近なところで、古い悪循環を一つ終わらせる。
誰かを責める代わりに、自分の痛みを少し見てみる。
昨日までとは少し違う言葉を相手に返してみる。
そんな小さな変化もまた、私たちが世界へ差し出しているものの一つなのだと思います。
大きく見れば、地球もまた、私たちみんなが暮らしている一つの家なのですから。
今なら、少し見ても大丈夫かもしれない
白露前半では、
しらつゆを眺めるように、自分の想像力から生まれるものを楽しんでみる。
というメッセージを受け取りました。
そして後半。
その小さな声を聞きにくくしている古い荷物があるなら、今度は少しだけ、そこへ目を向けてみる。
でも、深刻になりすぎなくていい。
自分を裁かなくていい。
全部を一度に片づけなくていい。
今なら、少し見ても大丈夫かもしれない。
そのくらいから始めればいいのだと思います。
そして見たあとは、ちゃんと今日へ戻ってくる。
お茶を飲む。
外へ出る。
好きな音楽を聴く。
誰かと笑う。
草の上のしらつゆを眺める。
そして、ときにはカップから顔を出した魚と話してみる。
過去を見るのは、過去に住み直すためではありません。
今日をもう少し自由に生きるために、もう持たなくていい荷物を見つけるため。
The Mapの3枚はすべて逆位置でした。
けれど、その隣に並んでいたのは、
CHILD・JOY・FAMILY。
だから私は、このカードたちを暗いメッセージだとは思いません。
長く閉めたままにしていた部屋の扉を、ほんの少し開けてみる。
すると、そこへ朝の光が差し込んでくる。
白露とは、夜の間に生まれた露が、朝の光によって見えるようになる季節です。
ずっとそこにあったものも、光が当たることで初めて見えることがあります。
そして見えたなら、もう少しだけ、自分で選ぶことができる。
何を残し、何を手放し、今日をどう生きるのか。
白露の後半。
自分の小さな「家」に、少しだけ光を入れてみる。
そんな時間にしてみてはいかがでしょうか。🌿
葉山 碧の館のカードリーディング
自分の中にあるものほど、自分一人では見えにくいことがあります。
何度も同じところで立ち止まったり、なぜか同じことで心が揺れたり。
けれど、それを無理に掘り起こしたり、「向き合わなくては」と自分を追い込む必要はないのだと思います。
葉山 碧の館のカードリーディングでは、カードに「正解」を決めてもらうのではなく、そこに現れた象徴を眺めながら、
今、自分の中で何が起きているのか。
なぜ、ここで心が動くのか。
そして、まだ言葉になっていないどんな思いがあるのか。
対話をしながら、一緒に見つけていきます。
「もしかしたら、こういうこと?」
そんなふうに一つの言葉を差し出してみる。
「そう、それ」と思うこともあれば、「ううん、少し違う」と感じることもあるでしょう。
その違いもまた、大切な手がかりです。
今回の白露のカードのように、
「今なら、少し見ても大丈夫かもしれない。」
そう思えたところから、ほんの少し扉を開けてみる。
葉山 碧の館が、自分を裁くためではなく、自分をもう少しよく知るために、小さな灯りをともせる場所になれたらと思っています。
カードリーディングについては、「ご予約・セッション」ページからご覧いただけます。

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