8月23日から9月6日頃まで、二十四節気では「処暑(しょしょ)」を迎えます。
処暑は、二十四節気の十四番目の節気。
「暑さが処(おさ)まる」という文字の通り、厳しい暑さが少しずつ峠を越え、秋の気配が混じり始める頃です。
とはいえ、8月の終わりですから、まだまだ暑い日も続きます。
空には夏らしい大きな入道雲がありながら、その上には秋を思わせる細いすじ雲が現れることもあります。
夏の雲と秋の雲が、一つの空の中で出会う。
こうした空を「行き合いの空」と呼ぶそうです。
夏が完全に終わってから、秋が始まるのではない。
まだ夏でもあり、もう秋でもある。
二つの季節が同じ空の中に存在しながら、少しずつ次の季節へ移っていく。
そんな処暑の始まりに、8月23日から9月6日までの流れをタロットで見てみました。
今回も、レイチェル・ポラックの「ドクター・アポロのなんでもスプレッド」を使っています。
出たカードはこちらです。
知られしものよ! 節制 正位置
知られざるものよ! 塔 逆位置
危うし! 恋人たち 逆位置
幸運よ! ソードの3 正位置
アクション! ペンタクルの2 正位置
今回のカードを並べて眺めていると、私はまず、最初に現れた「節制」がとても気になりました。
そして考えているうちに、このカードが今回の5枚全体を読み解く鍵なのではないかと思えてきました。
知られしものよ!――節制 正位置
節制は一般に、「調和」「バランス」「中庸」などを表すカードとして解釈されます。
けれども、私はこの「バランス」という言葉が、これまでどうもしっくりきませんでした。
バランスを取る。
そう言われても、具体的に何をしたらいいのか、いまひとつ分かりません。
そこで今回は、改めてカードの絵そのものを眺めてみました。
節制の天使は、両手に一つずつカップを持っています。
そして、一方のカップからもう一方のカップへ、水を移しています。
ここで大切なのは、天使が二つのカップの「真ん中」を取っているわけではない、ということです。
AかBかを選んでいるのでもない。
Aを50、Bを50にすれば正解だ、と言っているのでもありません。
二つのものを行き来させ、混ぜ合わせながら、何かを作っています。
そう考えると、節制のいう「バランス」とは、最初からどこかに存在する正しい比率ではなく、
自分に合う配合を、自分で見つけていくこと
なのかもしれません。
人によって、その配合は違います。
そして同じ人でも、その時々によって変わります。
仕事と休息。
理性と感情。
一人でいる時間と、人と関わる時間。
昔から大切にしてきたものと、新しく出会ったもの。
何かを一つ選び、もう一つを捨てなくてもいい。
二つを行き来しながら、
「今の私には、どのくらいがちょうどいいだろう?」
と自分に聞いてみる。
そうして初めて、自分なりの配合が見つかります。
これは、今の処暑の空にもよく似ています。
夏が100から突然0になり、翌日から秋が100になるわけではありません。
夏の中に少しずつ秋が混ざってくる。
昨日より少し風が違う。
日が短くなっている。
夏の入道雲と秋のすじ雲が、一つの空に現れる。
行き合いの空そのものが、まるで節制のカードのようです。
どちらか一方になる前の時間。
二つが混ざり合いながら、少しずつ配合を変えていく時間。
人が変化するときも、案外同じなのかもしれません。
知られざるものよ!――塔 逆位置
そして、まだ十分には意識していないものとして現れたのが「塔」の逆位置でした。
塔は、前回の立秋のタロットリーディングにも登場しています。
そのときは「幸運よ!」の位置に正位置で現れました。
塔というカードには、これまで自分を支えていた構造が崩れるような、強烈なイメージがあります。
けれど、塔が崩れたからといって、すぐに新しい建物を建てなくてはいけないのでしょうか。
私は最近、このことをよく考えます。
私たちは、それまで信じていた価値観や生き方が崩れると、不安になります。
するとすぐに、
「では、何を信じればいいのだろう」
「次はどうすればいいのだろう」
「新しい正解は何だろう」
と探し始めます。
けれど、塔が崩れた直後には、まだ何も建てなくてもいいのかもしれません。
まず、景色が変わったことを見る。
私はこれを最近、「盤面が変わった」と考えるようになりました。
塔が崩れ、新しい盤面に立つ
ここでいう「盤面」とは、チェスや将棋のようなボードゲームの盤面をイメージしています。
盤そのものを人生や世界だとすれば、そこに置かれている駒は、人や制度、価値観、技術、そして自分が今持っているもの。
さらに、それぞれの駒の位置や関係、そこで働いているルールまで含めた「現在の状況全体」を、ここでは盤面と呼んでいます。
盤面が変われば、以前と同じ一手が、同じ意味を持つとは限りません。
以前ならうまくいった方法が、今も最善とは限らない。
反対に、昔からあったものが、新しい配置の中で思いがけない意味を持つこともあります。
だから、盤面が変わったときに必要なのは、昔覚えた定石をそのまま繰り返すことではありません。
まず、今の盤面を見ること。
何が変わったのか。
何が残っているのか。
何と何の関係が変わったのか。
そして、
「では、この盤面で私はどう動きたいのだろう?」
と、自分に聞く。
今回の塔の逆位置は、「知られざるものよ!」にあります。
外側の塔はすでに崩れた。
けれど、自分の内側にはまだ、昔の塔の「間取り」が残っているのかもしれません。
状況は変わっているのに、昔の価値観や昔の怖れを使って、今の盤面を判断してしまう。
それはとても自然なことです。
人は、新しい場所へ移ったからといって、翌日から完全に新しい人になるわけではありません。
古いものと新しいものは、しばらく一緒に存在します。
これもまた、「行き合いの空」なのかもしれません。
時代そのものも、行き合いの空にある
そして私は、これは個人の人生だけではなく、今という時代そのものにも重なるような気がしています。
たとえばAIの登場によって、「人間にしかできないこととは何だろう」という問いが、以前より身近になりました。
働き方も変わっています。
専門家とは何か。
創作者とは何か。
会社に所属することと個人で働くこと。
学ぶことと仕事をすること。
人と機械。
現実の空間とオンラインの空間。
これまで比較的はっきり分かれているように見えた境界が、さまざまな場所で動き始めています。
けれど、ここで、
「これからはこういう時代です」
「これが新しい正しい生き方です」
と一つの答えを置いてしまったら、どうでしょう。
それは、せっかく塔が崩れた場所に、急いで次の塔を建てることになってしまうのかもしれません。
古い正解を壊して、新しい正解に従う。
それでは、建物が新しくなっただけで、やっていることはあまり変わりません。
だからこそ、今のような移行期には「節制」が必要なのではないでしょうか。
新しいものだから、すべて取り入れなくてはいけないわけではない。
古いものだから、すべて捨てなくてはいけないわけでもない。
昔から大切にしてきたもの。
新しく現れたもの。
自分に合うもの。
合わないもの。
それらを実際に手に取りながら、自分なりに組み合わせていく。
新しい盤面では、正解を選ぶのではなく、自分に合う答えをつくっていく。
それが、今回の節制から私が受け取った大切なメッセージです。
危うし!――恋人たち 逆位置
ここまで考えると、「危うし!」に恋人たちの逆位置が出たことも、とても意味深く見えてきます。
恋人たちは、恋愛や人間関係だけでなく、「選択」と深く関係するカードです。
新しい盤面に立ったとき、私たちはどうしても「正しい方」を選びたくなります。
Aなのか、Bなのか。
こちらが正しいのか、あちらが正しいのか。
失敗しない選択はどちらなのか。
けれど今回、そこに逆位置の恋人たちが「危うし!」として現れました。
もしかすると気をつけたいのは、選択を間違えることそのものではないのかもしれません。
むしろ、
何を基準に選んでいるのか。
そこを見失うこと。
盤面は変わっているのに、古い盤面で覚えた「正解」を基準に選ぼうとしていないでしょうか。
あるいは、自分の感覚よりも、「普通はこちら」「みんなはこちら」「こうするべき」に答えを預けてはいないでしょうか。
新しい盤面では、自分に聞かなければ分からないことが増えていきます。
だから今回、節制が最初に置かれているのでしょう。
「正しい方を当てなさい」ではなく、
自分に合う配合を探しなさい。
恋人たち逆位置は、そのことを忘れないようにという警告にも見えます。
幸運よ!――ソードの3 正位置
そして今回、少し驚く位置に出たのがソードの3です。
ハートに3本の剣が刺さった、有名なカード。
悲しみ、傷、痛みなどを象徴します。
それが「幸運よ!」に正位置で出ました。
けれど、今回の流れの中では、このカードも不思議と納得できます。
新しい盤面で何かを試してみた。
ところが、どうもしっくりこない。
苦しい。
悲しい。
傷ついた。
そんなとき、私たちはつい、
「選択を間違えた」
「まだ私は変われていない」
「こんなことで傷ついてはいけない」
と思ってしまいます。
でも、痛みは失敗の証拠とは限りません。
痛みもまた、情報です。
何が嫌だったのか。
何が悲しかったのか。
なぜ、そこだけがこんなに痛むのか。
丁寧に見ていけば、その痛みは、自分が何を大切にしているのかを教えてくれることがあります。
傷を無理に消すのではなく、まず正確に見る。
すると解像度が上がります。
そして、見え方が変われば、次の選択も変わります。
そう考えると、ソードの3が「幸運よ!」にあるのは、
「痛みを感じないことが幸運なのではなく、痛みから自分について知ることができる」
ということなのかもしれません。
アクション!――ペンタクルの2 正位置
そして最後、「アクション!」に現れたのがペンタクルの2です。
人物は二つのペンタクルを持ち、それを∞の形につなぎながら、器用に動かしています。
背景の海も穏やかではありません。
船は波に揺れています。
それでも人物は、二つのペンタクルを動かし続けています。
ここには、完璧に安定してから行動しよう、という発想はありません。
動きながら調整する。
やってみる。
自分の反応を見る。
少し違ったら、配合を変える。
またやってみる。
今回の最初が「節制」で、最後が「ペンタクルの2」なのは、とても美しい組み合わせだと思います。
節制は、
「自分に合う配合を見つけること」
そしてペンタクルの2は、
「その配合を、実際の暮らしの中で試しながら調整していくこと」
なのではないでしょうか。
頭の中だけで、自分にとっての完璧な答えを完成させなくてもいい。
実際に一手動かしてみなければ、分からないことがあります。
違ったら、また次の一手で調整すればいい。
新しい盤面で、自分に合う答えをつくる
今回の5枚を、もう一度つなげてみます。
塔が崩れ、盤面が変わりました。
でも、急いで次の塔を建てる必要はありません。
まず、新しい盤面をよく見る。
そこには、古いものも新しいものもあります。
そして節制の天使のように、それらを手に取りながら、自分に合う配合を探していく。
そのとき気をつけたいのは、昔の盤面で覚えた正解を、そのまま新しい盤面へ持ち込んでしまうこと。
もし動いてみて痛みが生まれたなら、その痛みさえも情報としてよく見る。
そして、ペンタクルの2のように、また少し調整して動いてみる。
盤面を見る。
自分に聞く。
配合する。
動いて確かめる。
もしかすると今は、そんな時期なのかもしれません。
処暑の空には、夏の入道雲と秋のすじ雲が同時に現れます。
夏が間違っているわけでも、秋だけが正しいわけでもありません。
古い季節と新しい季節が行き合いながら、空そのものが少しずつ次の季節へ変わっていく。
人も、時代も、そうなのかもしれません。
古い自分を全部捨てなくてもいい。
新しい自分を急いで完成させなくてもいい。
塔が崩れた場所に、すぐ次の塔を建てなくてもいい。
今いる場所から新しい盤面を眺め、
「今の私には、どんな配合がちょうどいいだろう」
と自分に聞いてみる。
その答えは、誰かが用意した正解とは少し違うかもしれません。
でも、それでいい。
新しい盤面だからこそ、
正解を選ぶのではなく、自分に合う答えをつくっていく。
夏と秋が行き合う処暑の空の下で、そんなことを考えました。
葉山 碧の館 カードリーディングのご案内
私たちは、ときどき人生の「盤面」が変わるような時期を迎えます。
これまでのやり方がしっくりこなくなったり、いくつかの選択肢の間で迷ったり、自分が本当はどうしたいのか分からなくなったり。
そんなとき、カードは一つの正解を決めるためだけのものではありません。
今、自分には何が見えているのか。
どんなことに心が動いているのか。
そして、これからどんな流れが生まれようとしているのか。
葉山 碧の館では、カードやさまざまな占術、そして対話を通して、その方の中にまだ言葉になっていないものを一緒に見つめていきます。
正解を誰かから受け取るのではなく、自分に合う答えを見つけていくために。
「少し話してみたいな」と思われたときは、どうぞお気軽にお越しください。
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